大阪高等裁判所 昭和28年(う)2591号 判決 1955年1月21日
控訴人 被告人 大西文雄 外一名
弁護人 前堀政幸 外二名
検察官 小保方佐市
主文
本件控訴はいずれもこれを棄却する。
理由
被告人大西の弁護人前堀政幸の控訴趣意第一点について
被告人両名が今井茂と共謀の下に原判示第一の(一)及び第二の(一)掲記の通り行為を分担したことは原判決挙示の証拠によつて優にこれを認定するに足り、所論を斟酌しながら記録を精査しても原審の右認定に誤りがあるとは認められない。そうして、共謀者間において、事実行為の分担の面で、従たる地位にあつたか主たる地位にあつたかということは共謀共同正犯の成否に影響するものではないので、判決においてこれを判示するを要しないものであり、原審もまたこれを判示していないのであるから、被告人大西が従たる地位にあつたことを主張して原審の事実認定が誤つていると主張する所論はこれを採用することができない。
同第二点及び控訴趣意補正書第二項について
(イ) 日本専売公社法第一八条第一項によれば、同公社の役員及び職員は法令に依り公務に従事する職員とみなされるから、同公社が刑法第一五五条の公務所に該当することは同法第七条によつて明らかであつて、所論(二)記載の各規定の存在は右結論を左右するに足らない。
(ロ) そもそも、文書図画類の意味内容は、関係法令又は取引慣習等その使用せられた基盤を広く参酌して解釈決定をすべきものである。そして、たばこ専売法によれば、製造たばこの製造、輸入及び販売はもとよりたばこ種子の輸入、葉たばこ及び製造たばこ用巻紙の一手買取、輸入及び売渡の権能に至るまであげて国に専属するものとし(第二条)、この権能及びこれに伴う必要な事項は同法及び日本専売公社法の定めるところにより日本専売公社に行わせることとし(第三条)、製造たばこは右公社でなければ製造できず(第二七条)、その販売は公社又はその指定した小売人でなければ販売することができないものとし(第二九条)その違反に対しては刑罰を以て臨む(第七一条)ほか、さらに違反事件につき国税犯則取締法の規定をも準用することとすると共に(第七九条)、製造たばこの外箱の規格図柄並に証票を一定し(昭和一一年九月一九日大蔵大臣決裁、明治三九年大蔵省令第八〇四号並に日本専売公社法施行法第三条参照)、以て税収確保の見地よりこれが密造密売を防止し公社製品の信用保持につとめていることを看取することができる。ところで、原判決認定事実によれば、被告人等は共謀のうえ真正な製造たばこ「光」の外箱と同様な図柄および「日本専売公社」なる文字その他所要の事項を印刷したというのであつて、たばこ専売法における右のような基盤に照して本件「光」の外箱における表示を総体的に観察するときは、これを以て右公社の製造にかかる製造たばこ「光」すなわち合法的な専売品であることを証明する意思を表示した図画であると解するを相当とし、所論のような美術的効果を否定できないとしても、単にそれだけのものにすぎないということができないから、この点よりして刑法第一五五条第一項の図画に当らないとする所論は採用することができない。
(ハ) 所論旅行者外食券の偽造が軽い同条第三項によつて処断せられたのは公務所又は公務員の印章もしくは署名の不正使用又はその偽造印章もしくは署名の不正使用がなかつたからであつて(このことは原審の事実認定及びその挙示の証拠によつて明らかであり、また、当時正規の外食券に発給官庁の印章もしくは署名のなかつたことはその様式を規定した農林省告示「食糧管理法の施行に関する件」によつて明瞭である)、文書の真正に対する公の信用を保護しようとする刑法の立場からすれば、特に信用度の高かるべき印章もしくは署名あるものの偽造とこれなきものの偽造との間にこそ刑の軽重を設けるべきであり、その文書の内容が如何なる事項に関するかによつて差等を設けるべきでないとするのが当然であつて、旅行者外食券に対する適条との比較権衡を以て「光」外箱の偽造に対する原審の法令適用を非難する所論は採用することはできない。
(ニ) なお、被告人は日本専売公社の署名を偽造し前示のような意思表示を含む図画を偽造したものであつて、単にその印章又は署名を偽造したにとどまるものではないから、これに対し印章又は署名の偽造もしくは不正使用のみにかかる刑法第一六五条又は第一六七条第一項を適用すべしという所論もまた排斥を免れない。
(ホ) 次に、たばこ専売法第六五条の二が製造たばこの包装(製造たばこの包装に使用する目的を以て印刷された紙を含む)の無許可製造を禁止し、同法第七一条がその違反に対して刑罰を規定したけれども、右は被告人の本件行為後の施行にかかり、ただちにこれを被告人に適用できないのみならず、右法条は、製造たばこの需給の円滑化と取締の強化に伴い粗悪稚拙な密造たばこが一般から顧みられなくなつたこと及び摘発の危険が増大したこと等の理由により、密造品は多く公社の製品を装うに至り公社製品の信用に重大な影響を及ぼすようになつたので、これが取締の迅速を期し併せて国税犯則取締法による処理を可能ならしめるために設けられたものであつて、公文書の真正に対する公の信用を保護しようとする刑法第一五五条とその目的を異にし、その取締の対象となる行為の範囲が同一でないから、たばこ専売法の右規定に該当するの故を以て刑法第一五五条の適用がないということは許されないのみならず、また右規定の施行前においては刑法第一五五条第一項による取締のらち外に放任されていたものということもできない。
(ヘ) 最後に、所論は被告人の右所為は日本専売公社法第七条第四八条に該当するだけであると主張するけれども、同条は日本専売公社に名称の独占使用権を与えこれを保護しようとするものであつて、もつぱら自己の名称に用いたという案件に適用されるべきものであるが、物件が日本専売公社製造にかかるものであるということを表示したという本件に適用はない次第であつてその保護法益を異にする刑法第一五五条第一項の適用を妨げるものではない。所論はいずれもその理由がない。
同第三点及び控訴趣意補正書第三項並に被告人川本の弁護人吉川信太郎の控訴趣意について。
量刑に関する各所論に鑑み記録を精査しても被告人両名に対する原審の科刑が重すぎるとは認められない。
よつて刑事訴訟法第三九六条に則り主文のように判決をする。
(裁判長判事 荻野益三郎 判事 梶田幸治 判事 井関照夫)
被告人大西文雄の弁護人前堀政幸の控訴趣意
第一点、原判決には事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明白である。即ち原判決は、その「理由」の「第一、(一)」に於て、被告人大西文雄が相被告人川本達雄及び差戻前の第一審相被告人今井茂と共謀して、判示のたばこ「光」の外箱合計九万四千五百個分(二十一個付四千五百枚)を偽造したことの事実の認定をなし、又、その「理由」の「第二、(一)」に於て、被告人大西文雄が相被告人川本達雄及び差戻前の第一審相被告人今井茂と共謀して判示の旅行者外食券約千五百枚(一枚十食分のもの)を偽造したことの事実の認定をなすに際り、その何れの場合にも被告人大西が印刷を、相被告人川本が材料の調達及び印刷手伝いを、相被告人今井が売却、会計等をそれぞれ担当したことに事実を認定判示したのである。
ところで、この場合、原判決認定の如く、被告人大西及び相被告人川本、同今井が所謂共同正犯たる関係に在ることの事実認定には異論はないのであるが、前示判示事実が共同正犯たる右三被告人間の実行行為の分担を折角認定したものとすれば、そこに重大なる事実の誤認があるのである。何故ならば、右三被告人が法律上共同正犯たるを免れないとは謂え、判示偽造行為を希求し、企図し、以て利益を得んことを企てた実体的な主犯者は相被告人今井及び同川本に外ならなかつたのであつて、被告人大西の如きは単にその印刷技術を買われた工員たるに止まり、一種の工賃程度の報酬を与えられることを期待し得たに過ぎなかつたのである。このことは(イ)原判決並に差戻前の第一審判決が判示している通り被告人大西が印刷工であるに対し、相被告人川本は印刷ブローカー、相被告人今井は紙製造加工業という何れも商人である事実、(ロ)証拠上被告人大西は自己が印刷偽造した、たばこ「光」の外箱及び旅行者外食券の販売代金のうちから何等の利益をも与えられていない事実、(ハ)原判決がその「理由」の「第一、(三)」に於て認定している如く、被告人大西はその後被告人川本達雄及び差戻前の第一審相被告人丹羽英三が共謀してたばこ「光」の外箱を偽造するについては、同被告人等にねだられて印刷用原版一枚を貸与して幇助したと認定されたとは謂え、偽造行為への加担を回避している事実、(ニ)又、原判決がその「理由」の「第二、(三)」に於て認定している如く、被告人大西はその後旅行者外食券の偽造に関しても実行行為から回避し、その言ひ逃れに偽造の技術的行為の担当者として坂常次郎を紹介依頼している事実等に徴し極めて明白である。従つて、原判決が苟くも共同正犯者たる前示三被告人につき共謀事実の内容たる各被告人の分担した実行行為を認定して之を判示せんとするならば、併せてその実行行為の結果についての希求の度合をも併せ認定するのでなければ、実行行為の分担の意味を闡明したことにはならないのである。換言せば本件に在つては、相被告人川本は材料の調達及び印刷手伝を、今井は売却、会計等を担当したに止まるのではなく、被告人大西をして印刷に当らしめて、その製品たる偽造物を川本、今井等に於て取得して売却することに実行行為の分担を定めたところまで、即ち被告人が実行行為の上に於て従属的地位に在つた事実を認定して之を判示するのでなければならないのである。この点に於て原判決は事実を誤認しているのである。而してこの事実の誤認は各被告人の行為につき科刑上の評価をなすにつき重大なる関係があるところの「犯罪の情状たる事実」の誤認であるから、量刑上、延いては判決に影響を及ぼすことは明らかである。仍て原判決は破棄せらるべきである。
第二点原判決は法令の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。即ち原判決は、その「理由」の「第一、(一)」に於て、被告人大西が相被告人川本外一名と共謀して『真正なたばこ「光」の外箱と同様な図柄及び「日本専売公社」なる文字その他所要の事項を印刷した、たばこ「光」の外箱を製造し』もつて「公務所である日本専売公社の偽造の署名を使用して、同公社の作成すべき図画を偽造し」た旨、及び、その「理由」の「第一、(三)」に於て被告人大西が相被告人川本外一名が、ほしいままに前同様に、日本専売公社が作成すべきたばこ「光」の外箱を製造して「公務所である日本専売公社の偽造の署名を使用して同公社の作成すべき図画を偽造」するにつき、たばこ「光」の外箱印刷用原版を相被告人川本に貸与して右偽造を容易ならしめてこれを幇助した旨判示した上、この判示事実につき、法令の適用を示すにあたり判示「第一の(一)」記載の所為は刑法第百五十五条第一項後段、第六十条に該当し、判示「第一の(三)」記載の所為は、同法第百五十五条第一項後段、第六十条、第六十二条第一項に該当するとなしたのである。
然し原判決がたばこ「光」の外箱が「公務所である日本専売公社の作成すべき図画」に該当するとなしたのは法令の適用を誤つたものである。以下このことを論証する。
(一)、日本専売公社は日本専売公社法によつて存在するものであるが、同法は第二条において、同公社が「公法上の法人」であることを明言し、且第十八条第一項において同公社の役職員を法令に依り公務に従事する職員とみなす旨を定めているから、刑法第七条第二項との関係から、同公社は一見之を「公務所」と解すべきが如くである。
(二)、ところが、同法第十八条第二項は、同公社の役職員については国家公務員法を適用しないことにしておるのみならず、同法第八条は民法第四十四条(法人の不法行為能力の規定)第五十条(法人の住所の規定)第五十四条(代表権の制限の規定)の準用を定めているのである。殊に日本専売公社法第七条は、何人も日本専売公社の名称又は之に類似する名称を使用してはならない旨の禁止規定を設け、之が違反者を「一年以下の禁錮又は一万円以下の罰金に処する」旨の罰則すら設けているのである。以是観之日本専売公社法は必ずしも日本専売公社が「公務所」であることの自覚に基いて諸々の規定を設けておるのであるとは認められないのである。例えば日本赤十字社が公務所ではないのと同様、日本専売公社も亦公務所ではないのではあるまいか。
(三)、然し本件に於ては日本専売公社が公務所であるか否かを直接問題とする必要はないから之が論議は姑く措く。
(四)、要はたばこ「光」の外箱は、それに表示されている「日本専売公社」なる文字とその図柄自体とによつて之を一体として刑法第百五十五条第一項後段に謂うところの「公務所ノ署名ヲ使用シ」「公務所ノ作ル可キ図画」に該当するや否やである。
(五)、ところが試みに学者の見解を探るに、刑法第百五十五条第一項に謂う「公務所ノ作ル可キ図画」とは「一定の物体上に形象を以て記載せられた一定の意思表示であつてしかもそれは法律関係又は社会生活上に影響を及ぼし得べきものに限る」のである。「すなわちその画かれた図面若しくは画像は一定の意思を表示する手段として作られた場合に限り」茲に謂う「図画」たり得るのである。之を例えば「土地の境界を明確にするため作製せられた図面、傷害の部位を明らかにするために作られた人体図の如き」ものである。「従つて何等の意思表示の記載のない純然たる美術上の図画」は茲に謂う「公務所の作るべき図画」には該らないのである。(安平政吉氏著「文書偽造罪の研究」一一七頁一一八頁参照)。思うに、たばこ「光」の外箱に表現せられておる形象たる絵図乃至図柄は公務所らしき日本専売公社の署名を使用表示してあるとは謂え、その図柄乃至絵図の持つ意味は唯その美術的効果によつて世人の審美感に愬え得る装飾的乃至意匠的なものに過ぎないのであつて、この意匠的な意味、換言せば独占的な意味に着眼して保護に値することがあつても、之を以て刑法第百五十五条第一項後段の「図画」に該当するとなすことはできない。
(六)、殊に本件に於て有罪の認定を受けている旅行者外食券の偽造が刑法第百五十五条第三項前段に該当するに過ぎないのに、たばこ「光」の外箱の偽造が同法第百五十五条第一項後段に該当するとすれば、それぞれの法定刑を対照するとき余りにも不合理な結果を生ずるのである。即ち、国家の食糧政策に関連して国家の名に於て直接発行せられている旅行者外食券の偽造が刑法第百五十五条第三項前段の規定により三年以下の懲役又は三百円(臨時には一万五千円)以下の罰金を以て処罰せられるに過ぎないのに、国家の財政に関連するとは言え多分に商業政策的乃至独占保護政策的な専売品に関連するに過ぎず、而もその専売品そのものの偽造ではなくその専売品たるたばこ「光」の容器(之がたばこ専売法第六十五条の二に謂うところの包装に使用する目的を以て印刷された用紙に該当するものであることは後に論述する)に表現せられる装飾図絵の偽造が刑法第百五十五条第一項後段の規定により懲役一年以上十年以下の懲役を以て処罰せられることとなり、法益侵害から見た犯罪の軽重と法定制の軽重とが余りにも均衡を失することとなるのである。然しかくの如き不合理は正に不正義であるから、体系的な正義の実現を希求する法がかくの如き不合理乃至不正義を是認するわけがないのである。かかる不合理又は不正義な結論が生じるのは、たばこ「光」の外箱の図柄の偽造を刑法第百五十五条第一項後段の規定を以て律し得るとする見解が誤つていることを如実に証明するものである。
(七)、従つて、かつて検察官が本件公訴事実につき罰条変更の手続を履む前には、本件たばこ「光」の外箱の偽造行為を単に公務所である日本専売公社の署名乃至印章の偽造行為と解して刑法第百六十七条第一項に該当するとしていたことの方が「当らずと雖も遠からじ」の程度の正当さがあつたのである。蓋し右の様な検察官のかつての見解は、たばこ「光」の外箱に表現された図柄を意匠的装飾的なものとして刑法第百五十五条第一項後段の「図画」の埒外におき、唯そこに表現使用せられている「日本専売公社」なる文字と同公社の表徴たる特殊の記章(マーク)の真正を刑法上保証せんとする見地に立つていたのである。
(八)、成る程日本専売公社を公務所と解するにせよ、又私人と解するにせよ、たばこ「光」の外箱に表示せらるべき「日本専売公社」なる署名と同公社を象徴する特殊の記章の各真正とを刑法上保証せんとするのは正論である(尤も同公社が私人に過ぎぬと解されるときは刑罰法令上商号乃至商標の保護以外に私記号の保護は得られないであろう)。然し日本専売公社法が日本専売公社を刑法上の公務所となす意思を以て立法せられたか否かは既述の如く必ずしも明白でないのである。このことは、先にも言及した如く日本専売公社法第七条が同公社の名称又は之と類似の名称を使用することを禁止し之を犯す者を処罰することと定めていることによつて確言できるのである。而もこのことは、同法条がとりもなおさず文書乃至口頭による同公社の「署名の使用」についての直接の取締規定として存在することを意味するのであり、それ故に同法条が刑法第百六十五条、第百六十七条第一項に対し普通法と特別法との関係に立つことが明白であるのである。然らば、日本専売公社の名義又は署名が冒用せられた総ての場合に於て、刑法第百六十五条同第百六十七条第一項を適用して之を律することはできないのである。
(九)、かくの如くわれわれは日本専売公社法第七条の存在から、「日本専売公社」という名称(又は類似の名称)換言せば「日本専売公社」とある文字又は言葉の不正使用の取締については、特別の考慮が払われなければならないのであつて、性急に刑法の罰条のみを漁つてはならないということを学び取るのである。
(一〇)、然らばわれわれは「日本専売公社」なる文字や同公社を象徴する記号が文書面や図柄面に表現せられてあるからと言つて常に性急に刑法第百五十五条や同第百五十九条ばかりを考えてはならないのである。
(一一)、そこで、昭和二十四年五月二十八日施行のたばこ専売法(法律第百十一号)について探求するに、われわれは同法第六十五条の二に「製造たばこの包装(製造たばこの包装に使用する目的を以て印刷された紙を含む。以下本条、第六十九条第一項及び第七十五条第一項において同じ)を製造しようとする者、営業の目的をもつて製造たばこの包装を所持し、譲り渡し、若しくは譲受けようとする者は、公社の許可を受けなければならない。但し公社の委託を受けた者については、この限りでない」と規定し同法条の規定に違反した者に対しては同法第七十一条第一号の規定によつて、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金が科せられることになつていることを知るのである。
(一二)、ところで、たばこ専売法第六十五条の二に謂う「製造たばこの包装」とは一体何であろうか。同法第七章には特に「製造たばこ用巻紙」について数々の規定を設けているから「製造たばこ用巻紙」が「製造たばこの包装」に該当しないことは明らかである。そうすると「製造たばこの包装」とは日本専売公社が販売する「刻たばこ」や「巻たばこ」等を各取引単位に一括して納める容器=紙袋、紙箱=を指していることは疑ないところであるから、本件のたばこ「光」の外箱の如きは正にこの「製造たばこの包装」の一種類の一部分として「製造たばこの包装」に該当することが明白である。而して同第六十五条の二が特に「製造たばこの包装」には「製造たばこの包装に使用する目的をもつて印刷された紙」を含む旨を明らかにしておるのであるから、本件において被告人大西文雄が相被告人川本達雄同今井茂と共謀して判示の如き方法をもつてマニラボール紙に判示の如き図柄を印刷した用紙は、正に同法条に謂う「製造たばこの包装」に該当するのである。而も日本専売公社の製造たばこであるたばこ「光」の包装外箱用紙には所定の図柄が印刷せられてあるのみならず、その畫面中には本来「日本専売公社」なる文字その他所定事項が印刷せられてあるのであるから、製造たばこ「光」の包装用紙には当然のこととして「日本専売公社」なる文字が存在すべきであり、それ故に製造たばこ「光」の包装又は同包装用の外箱用紙を製造する行為には所定の図柄に含めて「日本専売公社」なる文字その他の所定事項を印刷表現する行為を含むのである。従つて日本専売公社の許可又は委託を受けないで製造たばこの包装又は包装用紙の製造をなすにあたり同公社の名称又は署名を檀に使用するのは当然のことであるから、たばこ専売法第六十五条の二の規定に違反して製造たばこの包装又は包装用紙を製造する行為については、同法第四十七条の罪は勿論刑法第百六十五条、同第百六十七条の罪が成立する余地はないのである。
(一三)、かくしてたばこ専売法第六十五条の二の存在は本件のたばこ「光」の外箱の製造の如く日本専売公社の許可又は委託を受けないで行つた製造たばこの包装(包装用紙を含む)の製造について刑法第百五十五条第一項後段や同第百五十九条の規定の適用を論ずることを無意義ならしめているのである。
叙上の如くして、原判決が認定した被告人大西の所為の中判示「第一の(一)の所為につき原判決が刑法第百五十五条第一項後段の規定を適用したのは誤であつて、正にたばこ専売法第七十一条同第六十五条の二を適用すべきか否かにつき審理を尽すべきであつたのである。かく解するとき初めて先に言及した法定刑の不均衡は解消し、刑罰法令適用が正義に合することとなるのである。
而して右の如く原判決が法令の適用を誤つていることは明らかであるが、原判決はその法令の適用において被告人大西の判示行為を併合罪なりとなし、その併合罪の刑を定めるにあたり「それぞれ犯情の最も重いと認める判示第一の(一)の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で「被告人大西を懲役一年六月に」処すと判示したのであるから右法令適用の誤が法定の刑期範囲を決定するのに影響を及ぼし、因て原判決は不当に重い刑期範囲で被告人に対する刑の量定をなしたことが明らかである。仍て原判決は破棄せらるべきである。
控訴趣意の補正
被告人大西文雄に対する印章並に署名偽造等被告事件につき先に昭和二十九年三月七日附を以て提出した控訴趣意書に基き控訴趣意を陳述するにあたり、その控訴趣意書の一部を左の通り補正して陳述する。
一、前記控訴趣意書中の控訴趣意第二点(同書四丁裏四行目以下)の記述の中(三)(同書一四丁裏九行目)以下全部(同一六丁表三行目迄)を削除し、当該部分を次の二、に記述の通り附加して陳述する。
二、かくして、成規の許可又は委託を受けないで行われたたばこ包装用の外箱の製造及び印刷による同外箱用紙の製造は、たとえその用紙又は外箱に日本専売公社の名称又は同公社を表示する記号を表現してあつても、現行法上は、之れを包括して、たばこ専売法第六十五条の二、同第七十一条第一号を以て律せらるべきであることは明らかである。
(い)、ところが被告人大西等が前記の如くたばこ「光」の外箱用の用紙を印刷製造した犯行の日時は原判決判示の通り、昭和二十四年十月初旬から同年十二月中旬までの間であつたのであつて、たばこ専売法中一部改正によつてその第六十五条の二の規定が創設せられて公布施行せられた昭和二十六年三月三十日以前であつたことが明らかである。
(ろ)、従つて昭和二十六年三月三十日以前に在つては、たばこ外箱及びたばこ外箱用紙即ち右第六十五条の二の規定に所謂たばこの包装の製造は犯罪とせられることなく、取締の埒外に放任されていたものと解すべきである。このことは旧煙草専売法が煙草用巻紙の製造につき特別の取締規定を設けていたに拘らず、煙草用包装については何等の取締規定を設けていなかつたことによつて窺知できるところであるが、更には敗戦後の密造密売煙草の汜濫という事態に鑑み之が取締強化のためには新たにたばこの包装にまで取締規定を設ける必要に迫られたという事情によつて肯定せられるのである。
(は)、それ故たばこの包装に表示せられている図柄を刑法に謂う「公務所の作る可き図画」の「図画」に該当するなどと考える余地は全くないのである。
(に)、唯既述の如く「日本専売公社」を刑法に謂う「公務所」に該当すると解するときは、同公社の製造した叙所謂「製造たばこ」の包装に表示せられた「日本専売公社」なる名称の表示は、その表示方法の如何によつては公務所の署名又は印章に該当し、同包装に表示せられた同公社の「マーク」の如きも公務所の記号に該当するものと解される疑も生じないわけではない。
然し若し左様に解し得るとすれば、(イ)、昭和二十三年十二月二十日公布せられ、昭和二十四年六月一日(本件犯行日よりも以前である)から施行せられている日本専売公社法第七条同第四十八条が日本専売公社の名称の不正使用の罪を新たに設けその法定刑を一年以下の禁錮又は一万円以下の罰金と定めたことは全く無意味となるのであり、(ロ)、殊に公務所の署名又は印章の偽造罪の刑が三月以上五年以下の懲役、公務所記号不正使用罪の刑が三年以下の懲役であるのに対し、密造密売煙草の取締のために態々新たに設けられたたばこ専売法第六十五条の二同第七十一条第一号の罪の刑が三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金というが如き軽い法定刑に引き下げられたのは不合理なことであるということになる。以是観之、その実態が明らかに独占企業主体にすぎない日本専売公社を以て全く公務所と同一に取扱うべきか否かについて、立法者が特別の考慮を払い少なくともその署名その印章又は記号をも含めてその名称の保護に関する限りに於ては、同公社を全くの私人として取扱うわけには行かないけれども、さりとて之を公務所と全く同一に取扱うことが行き過ぎであることを思い、之が中間的な取扱として先づ一般的な規定として日本専売公社法第七条第四十八条(禁錮刑に留意)を設け、次で同公社の名称の不正使用を包含するたばこ包装の不正製造に関する特別規定として同法第六十五条の二第七十一条第一号を設けるに至つたものと解するのが最も事宜に適し且法理に徹しておると謂えるのである。
叙上の次第であるから、たばこ専売法第六十五条の二、第七十一条の施行前の所為であるところの被告人大西の所為中、たばこ「光」の包装の不正製造に関する限り、その所為については、日本専売公社法第四十八条第七条を適用し単一意思に基き単一工程を以て多数量に及んだ印刷製造行為を以て包括一罪と認めて処断すべきである。
されば、原判決が判示第一の(一)及び(三)記載の被告人大西の各所為につき刑法第百五十五条第一項後段を各適用したのは、法令の適用を誤つたものであることが明らかである。
而して原判決は被告人大西の判示第一の(一)及び(三)、判示第二の(一)及び(三)、判示第三の(一)及び(二)の所為全体は併合罪であるとし、その併合罪の刑を定めるにあたり犯情の最も重いと認める判示第一の(一)の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人大西を懲役一年六月に処する旨宣告したのであるから右法令の適用の誤が刑の量定に、延いては判決に影響を及ぼしたことは明らかである。仍て原判決は破毀せらるべきである。
(その他の控訴趣意は省略する。)